ただ見るだけの・・・・・・

私は大学を卒業して、昭和三十六年四月レンゴー株式会社に入社しました。初任給は一万七千円でした。

ただ見るだけの・・・・・・私は大学を卒業して、昭和三十六年四月レンゴー株式会社に入社しました。初任給は一万七千円でした。両親は私が一人っ子なので将来いつかは郷里へ帰らなければならず、地元の娘との結婚をすすめておりました。大阪弁の嫁が来ては地元にとけこめないとのことでした。私もなる程と思い、その代り条件を出しました。(一)健康であること。(二)学歴が低いこと(大卒は不可)。(三)顔は十人並。
そこで、父が探して来たのが、橋谷文子嬢でした。
昭和三十六年の暮れ頃、父より電話があり大阪夜行で帰って来るようにとのことでした。
私は土曜の夜行に乗り、早朝米子駅へ着きました。すると迎えのひとが来ており案内された所が駅から十分程の橋谷酒店でした。玄関をまたぐとのちの義父となる橋谷孝三氏が出て来られ「さあ、おムコさんはこちらへ。」とのことで私は驚きました。見合いを予定していなかったので蓬髪のままで靴も汚れていました。奥の客間に通され、炬燵に差向いになり私は初めて実物の彼女を見ました。話題とてなく、酒の小売店ですからビール、酒とつぎつぎ出て来ました。私はただ黙ったままグイグイ飲みました。今でもそうですが私にはアルコールが入ると眠くなるという癖があり、いつの間にか寝入ってしまいました。二〜三時間も眠っていたでしょうか、遅くなってはいけないのでタクシーを呼んでもらい自宅へ帰りました。
その後郷里で一回、大阪で一回逢いました。大阪では映画を見、郷里では美保関へ船で行きました。四回目が結婚式でした。

私は紋付羽織でとても気恥ずかしい思いをしました。私が二十六才、彼女は二十三才でした。当時幸いにも公団住宅に当選して、西武庫団地二階1DK(四帖半の台所と六帖の畳間)に入居しました。
私はサラリーマン生活十五年の間、男女の二児にめぐまれながら、大阪、浦和、清水、大阪と転々としました。ところが昭和五十一年の七月始め、父より電話があり、体調が悪いので「早く帰って会社を継いでくれ。」とのことでした。低い悲しい声でした。父のそのような声を聞くのは生まれて初めてでした。私は即刻辞表を提出して七月三十一日に親子四人で帰省しました。

そして翌日八月一日に出社しました。当時の当社は社員五人で十帖程の借倉庫の一室で仕事をしていました。父は九月一日より山陰労災病院に入院し種々の検査をうけましたが原因は不明でした。しかし私には何かしら死の予感があり、昭和五十一年十一月五日夜、何とはなしに母と二人で病室に泊り込みました。翌朝、父は「寒い、ここは何処だ。北海道か。」という言葉を発したのち、急に意識不明となりました。同年十一月六日没、享年七十才。

昭和五十八年某月、義父孝三氏が入院し、危篤状態となりました。私は妻と二人で病床を見舞いました。すると義父は病床におき直り、私の両手をにぎり「あとをよろしくお願いします。」と言いました。私は「まかせて下さい。」と答えました。橋谷孝三氏没、昭和五十八年四月二十九日、享年七十八才。
末娘の彼女を生涯愛しつづけた義母あい子氏没、平成十三年四月十六日、享年八十九才。その間、橋谷家には様々の不祥事が重なり金銭的なものも含めてその全ては私の手で解決しました。私はあと何年かの後、黄泉で孝三氏に相まみえても「約束は果たしました。」と胸を張って報告できるものと思っております。
私の母、「ひでよ」も肝臓病により入院中の病院先で息をひきとりました。病弱な私を背中に背負い夜中の暗い道を医師のもとへ何十回も走ってくれた最愛の母は苦悶の中に死亡しました。最後のことばは「久夫よ助けてごせ(くれという意)」でした。昭和五十五年十月四日没、享年七十五才。

父の死後、私は倒産を覚悟しました。しかし、いろいろなひとびとの助けにより今日まで会社を続けることが出来ました。
得意先。ともすれば弱気になる私を励ましつづけて下さったマルハマ食品の浜崎社長、それから協力会社。当社従業員の皆様にただ感謝あるのみです。
いつの間にか私も年をとり私は七十三才、彼女は七十才となりました。彼女は当初の約束通り五十年間全く病気というものをしませんでした。
日中は話すこともないので、夜十一時になると二人で風呂に入ることにしています。彼女の半白の髪、しわのよった首、やつれた乳房をみながら、私は愛しくなります。結婚記念日も二人とも忘れてしまい彼女はたしか十一月と言い、私は九月だと言っています。私の愛する作家木山捷平は昭和四十三年五月一日東京医科歯科大学病院六一八号室にて次のように詩いました。

見るだけの妻となりたる五月かな

木山捷平没、十一月三十日、享年六十四才。
四月十日 中西 久夫

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